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映画鑑賞(続き)

42(その2)

一週間ぶりの更新です。
多忙のため、なかなか思うように時間が取れないです。

前回の続きを書きますね。

チャップマンの暴言からドジャースが一つにまとまった、と感じたリッキーはホクホク顔。
その予言通り、ドジャースは快進撃を続けます。

当時、ナ・リーグ一の最強球団はセントルイス・カージナルスでしたが、この年、ドジャースはペナントレースを制します。

ロビンソンのデビューから引退まで、すなわち1947年から1956年までの10年間でドジャースは実に6度もナ・リーグ優勝を果たしました。これはドジャース史を紐解いてみて、どの10年間を選んでみても最多回数なのです。

映画は1947年で終わっていますが、ロビンソンの波瀾万丈に満ちた人生は枚挙に暇がありません。
彼の自伝を読んでいた私は、映画を見ていても、「あれ、ここは現実と違うなぁ。」という見方をしていたため、レビューにあるような「感動して号泣しました。」ということにはならなかったです(-_-)。
アルフレッド・ヒッチコックじゃないけど、「知りすぎていた男」でした。

でも、ドジャースファンの私にとって、往年の選手が見られたのは嬉しい限りでした。
ピー・ウィー・リースやラルフ・ブランカらチームメイト、レオ・ドローチャーやバート・ショットン両監督、特に、ショットンはユニフォームを着ない監督だったというのはこの映画で初めて知りました。

自伝を読んでみると、ロビンソンのリッキーに対する敬意は甚大で、リッキーの葬儀の時に黒人選手の参列者や弔電が少なかったことを嘆いていました。

若かりし時に黒人選手に辛い思いをさせたリッキー。その心の傷を見事に癒やしてくれたロビンソンの活躍。
誰もが二の足を踏むことにチャレンジし続けた二人の師弟愛。

改めてブランチ・リッキーのすばらしさを認識した映画です。

映画鑑賞

42~世界を変えた男

といっても劇場に足を運ぶ余裕はなく、DVD鑑賞です。

昨年、日本で公開された(高知では上映されていません)「42」です。

以前のブログで何度も登場している大リーグ選手、ジャッキー・ロビンソンの半生を綴ったノンフィクションドラマです。

ロビンソンをスカウトするドジャースオーナー、ブランチ・リッキーをハリソン・フォードが演じることで話題になっていました。

黒人であるが故に次々に浴びる人種差別の波。
それを強靱な精神力と忍耐力で耐え抜いていきます。

ロビンソン「やり返す勇気のない臆病者を欲しがっているんですか?」
リッキー「違う。『やり返さない』勇気が必要なのだ。」

ロビンソンはリッキーの言葉を忠実に守ります。

フィラデルフィア・フィリーズとの試合で、相手のベン・チャップマン監督がそれはもうひどいひどい差別用語を容赦なくロビンソンに浴びせ続けます。

映画ではベンチ裏に消えたロビンソンが大声を挙げてバットを叩きつけていました。
でも、実際のロビンソンはそうではなかったのです。
ぶち切れそうになるのを理性で必死に抑えました。

しかし、忍耐にも限度がある、もうだめだ、暴れてやる、と思った時、一人の選手がチャップマンの元に駆け寄りました。

映画にもありました、エディー・スタンキー二塁手。
「おい、よく聞け、この臆病者ども。どうせなら言い返せる奴を野次ったらどうかね!」
気性が荒く、ロビンソンの入団を率先して反対していた選手です。
その彼が、ロビンソンをかばったのです。

これにはロビンソンもびっくりし、すっかり怒りが収まってしまったそうです。

試合後は他のドジャース選手達が新聞記者にチャップマンの悪態を赤裸々にしゃべり、チャップマンは全米から非難されるまでになったそうです。

長くなりましたので、続きはまたの機会に。

昭和名人芸

レツゴー三匹

5月8日にお亡くなりになった逢坂じゅんさん。

私達の世代には「レツゴーじゅん」と言った方がすっきりします。

レツゴー三匹のボケ役で大きな目と甲高い声でお茶の間に笑いを誘った方でした。

昭和60年の高知県ローカルCM「豚太郎餃子」は今でもはっきり憶えています。

正児 「こんにちは~、レツゴー三匹」
じゅん「じゅんで~す」
長作 「長作で~す」
正児 「豚太郎餃子でございます(もちろん『三波春夫でございます』のパロディー」
じゅん「『おいしい』が抜けてるやないか!(バシッ)」
長作 「『うまい』も抜けてるやないか!(バシッ)」
じゅん「なっ」
正児 「スタミナ抜群」
三匹 「豚太郎餃子。ごんごん、お・た・べ」

いやぁ、懐かしいなぁ~。

昭和を代表するトリオ漫才。

笑アップ歌謡大作戦。よう見てました~。

少年時代の思い出です。
ご冥福をお祈りします。

大記録

4000安打

ニューヨーク・ヤンキースのイチロー選手が日米通算4000安打を達成したとのニュースがありました。大リーグでもピート・ローズとタイ・カッブの2名しか達成していない大記録。本当に凄いですね。おめでとうございます。

大リーグでの通算安打は2722ですが、この数字も凄いんですよ。かの大選手、ルー・ゲーリッグの2721安打を破る記録ですから。

大リーグ好きの私としてはやはりイチロー選手にはMLBのみで3000安打を達成して、日米通算でローズの記録を抜いて欲しいな、なんて思っています。

大リーグでは3000安打は300勝、500本塁打と共に殿堂入りが約束される数字。

再来年になるかしら。頑張って欲しいですね。

それにしてももうすぐ40歳とは思えない強靱な精神力と肉体の持主ですね。

ジミー映画紹介

理由なき反抗(1955年)

ジミーの2回目の主演作ですが、公開前に他界したため、彼自身がこの作品の評価を聞くことはありませんでした。

私はジミーの主演作の中では最も好きな作品です。

リーバイスのCMでも流れましたが、「チキン・ラン」という断崖に向けて自動車を走らせる度胸試しゲームは、私達に強烈なインパクトを与えました。

ニコラス・レイが原作&監督、共演はヒロインにナタリー・ウッド、友人役に猿峰男、じゃなかったサル・ミネオ(また駄洒落です)が好演しています。また、若かりし日のデニス・ホッパーも出演しています。

1955年の9月30日、自動車事故でジミーがこの世を去ったのは有名です。

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の舞台が1955年ですが、この年のアメリカは、いろんなことがありました。

3月 映画「暴力教室」公開。

7月 アナハイムにディズニーランドが開園。

8月 ボストンで「ミスタードーナッツ」がオープン。

10月1日 ザ・プラターズが「オンリー・ユー」でデビュー。

10月4日 ブルックリン・ドジャースがワールドシリーズ初優勝。

とまぁ、こんなところです。

話題が飛んですみません。来週はモア・ベターよ♪(ジミーの大ファンだった小森のおばちゃまの名台詞)